2008年 7月 25日  02:04 pm GMT+7
TAT
Boon Rawd Brewery Co., Ltd.


 メ−クロン川の感潮区がどこまで続くのか
は、マングロ−ブに教えてもらおう。臨海部
から隔たるほどにオオバヒルギ類(Rhiz
ophora)は少なくなり、ラムプ−(S
onneratiaceae)が目立ってく
る。細い葉が優しい影を落とすラムプ−樹に
ホタルが宿ることは既に述べたが、花も美し
い。ピンクの花の雌しべは、陸軍大将の肩章
を逆さまにしたようだ。ツバキを柔らかくし
たとも言える花である
 ラムプ−の花が咲くのは9月だが、その頃
にはチク(Barringtoniacea
e)も羽織のひものような柄を伸ばし、その
先につぎつぎと蕾をつける。サガリバナ科と
はよく名つけたものだと思う。蕾が開けば淡
いピンクの夢のような花。


 感潮区の水辺は、移動岸辺である。
 どこからが川で、どこからが海か見分けることは難しい。川は一日のうちでも変移するし、その差は又、月の満干によって違ってくる。そして又、地球がその回りながら保つ太陽との距離は又、季節によって変わり、それが又、潮に季節差をもたらすのだ。川と陸を区する岸辺は、絶えず移動を続けるマ−ジナルな存在である。
 汽水に住む人々の家は、杭の上に建っている。引き潮時には、水鳥が杭下の泥をついばむ。犬も泥足袋をつけて、逃げ遅れた魚を探している。潮が満ちて来れば、杭上の家は水で囲まれ、犬は濡れ縁に、水鳥は屋根上に戻るだろう。チク樹はマングロ−ブの類ではない。この
花樹が多くなるほどにと、海から大分遠ざか
ったと考えて良いだろう。

 しかし、潮の流れは季節によって変わる。満潮時に起こる河口からの海水の流入も雨季と乾季では違う。いわゆる塩害は、乾季に起こる。上流からの流量が少なくなると、海水は抵抗を受けることなく、満潮時にはずっと内陸まで進出してしまう。

 メコン川をさかのぼる私たちの舟は順調に進む。ルア・ハ−ン・ヤオ(尾長舟)と呼ば
れる長舟は木造であるが、動力船で原動機はトランスミッションごとの自動車エンジンで
ある。六気筒はあるだろうから、中古トラックのエンジンかしらん。豪快な音で河面を駈
ける舟のしぶきはさらに豪快である。少し風でもあろうものなら、びしょぬれになってし
まう。

海岸から直線距離でおよそ30キロ。19世紀に掘られたダムナン・サドワク運河の入
り口が右手に見えてくる。ここらにも椰子樹の間にぽつん、ぽつんと点在するマングロ−
ブ樹が残る。乾季の潮流が運んだものであろうか。


ダムナン・サドワク運河入り口を右に見て
メクロン本流を進む舟の両脇に広がる緑のコ
コ椰子林。赤茶色に錆びた民家のトタン屋根
が美しい。
 トタン屋根は、20世紀の景観である。雨
は漏らないかも知れないが、暑くて、すぐ錆
びて、穴のあく屋根材が導入される前、この
地方の住民たちはニッパ椰子で屋根を葺いた
家に住んでいた。この地方の住民と書いたけ
れど、17、18世紀は人が少なく、多くな
ったのは19世紀にメクロン下流に移住して
きた華僑農民たちのお蔭である。



 急にシャム双生児を思い出した。19世紀初頭のラ−マ2世の治世に生まれ、ラ−マ三
世の時代に育った二人の少年は、タイでひとしきり話題になった後、米国に渡る。このシ
ャム双生児はメクロン河畔の中国移民の子だった。 ラ−マ三世のおめしを受け宮廷に上
がった際に「都で売ろう」と「あひるの卵」を手ずさえて行ったと伝えられるほどである
から、障害を乗り越えて生きる活発な子たちであったらしい。
 アメリカに渡った二人は、新しい生活にめげなかった。西欧社会はアジアの「新しい世
界」に目を見張っていた頃であった。いくら博覧主義の為と言っても、見せ物にされ、世
界を巡業したわけであるが、二人は健気に生きた。エンとチャンと名つけられた二人の兄
弟がメクロン河畔のニッパ椰子の家を思い出すことがあったろうか。
 竹竿にニッパ椰子の葉を差した屋根材は今でも海岸地帯の雑貨屋の店先に並んでいるが
、これで葺いた屋根の下は涼しい。それに比べて、トタン屋根は暑い。猫でなくても、騒
ぎたくなる。それに錆びて、穴があいたら、雨が漏る。それなのに、タイの田舎には「暮
らし向きの良い者はトタン屋根」という風潮があり、メクロン沿岸もその例に漏れない。
 中に暮らす者がどんなに暑かろうが、赤錆び屋根が緑の椰子の樹海に見え隠れする様は
風情がある。これがビニ−ル屋根になったら、どうしよう。絶対錆びないプラスチック屋
根材が出てきたら、どうしよう。

つづく
               レヌカ−・M







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